Название | 吾輩は猫である / Ваш покорный слуга кот. Книга для чтения на японском языке |
---|---|
Автор произведения | Сосэки Нацумэ |
Жанр | Классическая проза |
Серия | 近現代文学 |
Издательство | Классическая проза |
Год выпуска | 1906 |
isbn | 978-5-9925-1522-0 |
ところへ寒月《かんげつ》君が先日は失礼しましたと這入《はい》って来る。「いや失敬。今大変な名文を拝聴してトチメンボ の亡魂を退治《たいじ》られたところで」と迷亭先生は訳のわからぬ事をほのめかす。「はあ、そうですか」とこれも訳の分らぬ挨拶をする。主人だけは左《さ》のみ浮かれた気色《けしき》もない。「先日は君の紹介で越智東風《おちとうふう》と云う人が来たよ」「ああ上《あが》りましたか、あの越智東風《おちこち》と云う男は至って正直な男ですが少し変っているところがあるので、あるいは御迷惑かと思いましたが、是非紹介してくれというものですから……」「別に迷惑の事もないがね……」「こちらへ上《あが》っても自分の姓名のことについて何か弁じて行きゃしませんか」「いいえ、そんな話もなかったようだ」「そうですか、どこへ行っても初対面の人には自分の名前の講釈《こうしゃく》をするのが癖でしてね」「どんな講釈をするんだい」と事あれかしと待ち構えた迷亭君は口を入れる。「あの東風《こち》と云うのを音《おん》で読まれると大変気にするので」「はてね」と迷亭先生は金唐皮《きんからかわ》の煙草入《たばこいれ》から煙草をつまみ出す。「私《わたく》しの名は越智東風《おちとうふう》ではありません、越智《おち》こちですと必ず断りますよ」「妙だね」と雲井《くもい》を腹の底まで呑《の》み込む。「それが全く文学熱から来たので、こちと読むと遠近と云う成語《せいご》になる、のみならずその姓名が韻《いん》を踏んでいると云うのが得意なんです。それだから東風《こち》を音《おん》で読むと僕がせっかくの苦心を人が買ってくれないといって不平を云うのです」「こりゃなるほど変ってる」と迷亭先生は図に乗って腹の底から雲井を鼻の孔《あな》まで吐き返す。途中で煙が戸迷《とまど》いをして咽喉《のど》の出口へ引きかかる。先生は煙管《きせる》を握ってごほんごほんと咽《むせ》び返る。「先日来た時は朗読会で船頭になって女学生に笑われたといっていたよ」と主人は笑いながら云う。「うむそれそれ」と迷亭先生が煙管《きせる》で膝頭《ひざがしら》を叩《たた》く。吾輩は険呑《けんのん》になったから少し傍《そば》を離れる。「その朗読会さ。せんだってトチメンボ